十分あるのに「足りない」と思ってしまっていた過去の自分③

 

Hi♪ なぜかカミングアウト記事を書いています(笑)

前回の、十分あるのに「足りない」と思ってしまっていた過去の自分②の続きです。。

 

再出発

新しい職場の先輩が全員年下という中、やっと仕事に慣れたと思った頃、部署の責任者になれと言われました。

年齢も年齢だし、最初からそのつもりで雇ってくれたのだと思います。当時のAsahi は選択の余地はないと思いました。だから引き受けました。

そこからの、仕事の量とストレスの増加はものすごかったです。でも、年齢的にも再就職は大変だろうし、1人暮らしを目指していたので簡単に辞めるわけにはいかないと思いました。

だから、我慢しつづけました。ものすごいパワハラを毎日横で見ながら、いつか自分にくるんじゃないかとビクビクしていました。

 

2度目の結婚と初めての出産

自分の気持ちにフタをし心を無にして働き続けました。管理職になって3年が過ぎたころ、当時、もう1度結婚して子どもが欲しいという淡い夢をいただいていた私の前に1人の男性が現れました。

今思うと、お付き合いをしていく過程で、少し何か不安なものを感じていたはずでしたが、結局、それを見て見ぬふり?しているうちにお互いの年齢の事を考えて子供を早めに作ろうという話になりました。

そして、無事に妊娠がわかった途端、役員をしていた会社を清算するためにお金を用意しないといけないので「今回は子どもを諦めてほしい」と言われました。衝撃的なショックでした。

諦めることなんて出来ないと訴え、結局返済のために私がお金を借りる連帯保証人となり、なんとか会社の方は片付き、結婚することになりました。

新居に引っ越して結婚生活を始めましたが、新しい会社でとても忙しく帰ってこれない日や帰ってこれても深夜ということがほとんどでした。

陣痛が始まった日も仕事で帰れそうにないと言われ、1人でずっと痛みに耐え、深夜にタクシーで病院へ向かいました。結局分娩の1時間ほど前に元夫は来ましたが、とってもお酒臭くて無理だったので外に出てもらいました。^^;

出産後は1ヶ月ほど実家で過ごしました。でも、家事が出来ない元夫の事や新居のことが気になっていてあんまり家を空けていては申し訳ないと思っていました。

 

衝撃の事実

里帰りから1ヶ月が経ったころ、もっとゆっくりしてていいという元夫の言葉に反して、新居にベビーを連れて戻りました。

部屋に入って、ベビーを寝かせたところで、元夫はまた仕事だといって出かけていきました。ベビーもいるし、ほこりが気になり掃除をしようとして、床に落ちている切ったあとの爪を見つけました。良く見るとバラバラと落ちていました。しかもキラキラネイル付きの・・・。吐き気を覚えて洗面台に行きました。そこで見たのは、自分のではないクルクルヘアドライヤーでした。ベッドの周りに自分のより長い髪の毛が多数落ちていました。

次の日帰ってきた元夫にその話をしましたが、知らないの一点張りで認めないので子どもも生まれたばかりだし、自分が我慢しさえすればいいのだと胸におさめました。もちろん2度とこんなことがないようにしてほしいと釘をさしました。

その後も元夫はほとんど家に帰ってこず、母子家庭のような状態が続きましたが耐えていました。前回の事件から6か月が過ぎたころ、久しぶりに帰ってきてまた仕事に出かけた元夫の上着をクリーニングに出そうとポケットの中を確認していると、胸の内ポケットから知らない女性と撮った長いプリクラ写真がピロローっと出てきました。

・・・・・。 その瞬間、私の中で何かが終りました。それからは、まるで私立探偵のように元夫の浮気の証拠を集めまくりました。今まで知らなかった元夫の別の顔が出てくる出てくる。。結果、彼のこれまでが、ほとんど嘘のかたまりであることがわかりました。

なんでこんな人と結婚したの?と最後の確認とまで行ったよく当たるという占い師のおっちゃんにも不思議がられました。^^; 誰かにみてもらっといたらよかったのにと言われました。。

詐欺師のような元夫の素顔に衝撃を超えて、自分のアホさに笑い泣きでした・・。

 

2度目の離婚、退職、再出発

まだ8ヶ月の子どもを抱えての離婚は、本当にこれでいいのか?ととても悩みました。

でも、最後には子供にとって母親が笑っているのが一番だと思ったので、決心出来ました。

そして、子供を1人で育てるために元の職場に復帰しました。1人でなんとかしないと!という思いで必死に働きました。相変わらず、心を無にしないと働けない職場でしたが、何とかお金を稼がないとと必死でした。

けれど、自分の限界を超えたストレスを抱えて働き続けた結果、不定愁訴に悩まされ、挙句の果てにとうとうパワハラが自分にくるという結末を迎えました。そこで、終了。自動緊急停止が作動。もう出勤できなくなりました。

後輩に迷惑をかけた、職場の関係者にも迷惑をかけた、1人でこれからどうすればいいのか、自分を責めました。そんな中、思いがけず早く社会復帰できたのは、精神世界を、スピリチュアルの世界を知ったからでした。

「これからは、自分の好きなことをして生きていこう。」 そう思いました。

そう思っただけでも、すでに幸せを感じていました。

振り返ると、ずっと幸せは自分の中にあったような気がしました。それなのに、それには気づかず、外にばかり「もっと、もっと」と何かを求めていたのだと思います。

「まだダメ。もっと頑張らなくちゃ。」と自分で自分に鞭打ちつづけていました。どんだけMやねん。。

 

どんな人生もすばらしい

自分の人生を、「こんなはずじゃなかった・・」と途中から後悔しながら生きていたことに気づきました。

いろいろあって、大変だったけれど、今思えるのは、

「いろいろあったこの人生でよかった」ということです。

誰もが良い人生を送りたいと思っています。でも、現実は厳しいことが多いです。なぜでしょう?

それは、今ある自分の中の幸せに気づかず、外へ、別の方向へと進んでしまうからではないでしょうか?

スピリチュアル的に言うと、「ない」と思って進むから、「ない」現実が目の前に現れるということですね。。

そして、それに気づいたら、そこから変えればいいんです。そこから自分も変わればいいんです。

この世に生まれて、生きている間に気づいて変えることが出来れば、それだけでゲームで言うところのステージクリアの道を進むことが出来ると思います。

人生はすばらしい。 Life is beautiful.

その意味がようやく分かったような気がしています。

 

これまで記事を読んでくださってありがとうございました。

こんなわたくしですが、皆さま、今後ともよろしくお願いいたします♪^^

 

 

 

 

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